こんにちは、寅吉です。
あられちゃん何かを辞める勇気が欲しいな…
どうしたら辞める勇気を持てるんだろう?
本記事では、このような悩みを解決していきます。
- Fラン大学中退⇨フリーター⇨引きこもりを経験
- 自己理解を深め、他人軸から自分軸へシフト
- 自分らしく生きる方法を本質的に発信中
何かをやめる勇気を持つのって、想像以上に大変ですよね。
仕事・人間関係・コミュニティ
やめたいと思っていても、現状維持を選んでしまう人も少なくないかと思います。
そこでこの記事では、以下の内容について解説してきます。
- なぜ何かをやめることが難しいのか?
- 何かをやめる勇気が持てないリスク
- 何かをやめる勇気が大切な理由
この記事を読み終わる頃には、惰性で今の環境にいることが最大のリスクだということに気づけるはずです。
なぜ、何かをやめる勇気を持つのが難しいのか


何かをやめる勇気が持てないと、まるで自分が臆病者のように感じてしまいますよね。
ですがそれは、大きな間違いです。
何かをやめる勇気が持てないのは、ごく自然なことなんです。
ここでは、なぜ途中でやめることがこれほど難しいのか触れていきます。
惰性で続けるほうが実はラク
ぶっちゃけた話、何かをやめるよりも、惰性で今の環境にい続けるほうがラクなんですよね。
仮にあなたが、会社をやめたいと考えているとします。
その場合、会社をやめる⇨自分の向き不向きを考える⇨新しい仕事を探すという、くそめんどくさいプロセスをたどることになります。
ぶっちゃけ、考えただけでも疲れますよね。
だからこそ、多くの人は途中でやめることよりも、多少の不満はあれど今の会社にしがみつくわけです。



うちの会社さあ、すんごいブラックで大変なんだよね〜



じゃあやめたら?



そういうことじゃないんだよ
やめることへの批判逃避
残酷な話をすると、あなたが今の環境から離れようとすると、ほぼ確実に心ない批判をされます。
といっても、面と向かってではなく、陰でヒソヒソとされる感じですね。
- 「あいつ逃げたらしいよ」
- 「根性なさすぎやろ」
- 「無責任やな」
かくいう僕も、これまで大学やらバイトやら部活やらと、数多くのやめる経験をしてきました。
もちろん、後ろ指を指されるまでがセットで。
当時の僕はシンプルに、不甲斐ない自分を責められてると考えていましたが、実は違ったんです。
考えてもみてください。
もしあなたが、心から楽しいと感じられる社会人サークルに属しているとします。
そこで、突然「実はサークルをやめたいんです」と仲間に告げられたら、どんな言葉をかけてあげますか?
間違っても「いやお前、それは逃げだろ」なんて言わないですよね?
むしろ「え、どうしたの?何かあったの?」と心配になるはずです。
察しのいい方なら気づいたと思いますが、組織から離れることに対して批判する人は、実は自分もやめたいと思っているわけです。
端折った言い方をすると「俺も我慢して耐えているんだから、お前が抜け出すなんて許さない」って感じですね。
悲しいことに、いまだに日本では「俺もやってるんだからお前もやれや精神」が蔓延っています。
そのため、何かをやめる勇気を持つハードルがグッと上がるわけです。
残される仲間への罪悪感
これも会社あるあるですね。
「今自分が会社をやめたら、現場が崩壊する」
とても仲間想いで、優しい意見のように聞こえますよね。
ですが、批判を食らう覚悟で言いますが、あなた1人が会社をやめてもどうってことないんですよ。
残酷な現実になりますが、どんなに優秀な人間が会社をやめようが、組織はすぐに帳尻を合わせることができます。



優秀な人間ほど会社をやめて、そうじゃない人は残る的なやつ?



ノーコメントで
人によっては「仲間想いで何が悪いんだ!」とブチギれる人もいるかと思います。
誤解のないように言っておくと、何も仲間や組織を思いやるなと言いたいわけではありません。
思いやりを免罪符にして、やめる決断から逃げることが問題なんです。
万が一、あなたがやめて組織が崩壊するなら、100%会社の責任なので気にする必要はありません。
1人抜けただけで破綻するシステムを、見て見ぬふりをしてきた会社の怠慢なので。
何かをやめる勇気が持てないと起こる3つのリスク


一見すると、何かをやめないことはリスク回避のように思えますよね。
ですが、これは大間違いです。
やめないことは、じわじわと人生を破滅にみちびく最大のリスクなんです。
ここでは、やめない保身と引き換えに直面することになる、3つの致命的なリスクの正体を解説していきます。
可能性をドブに捨て続ける
自分に合わない環境だろうと、必死に努力をして頑張る。
涙ぐましい美談に聞こえますが、実態は自滅行為に等しいんです。
現状維持という名のドブに、大切な未来を捨て続ける行為を、世間は「辛抱」と呼びますが、その本質はただの「時間の浪費」です。
潔くあなたが別の環境という「新しい打席」に立っていれば、自分の適性を活かしてあっさりと結果を出していた可能性だってあるわけです。
つまり、不毛な場所に居座ることは、未来の可能性を自らの手でゼロにし、チャンスを毎日ゴミ箱に捨ててるようなものなんですよ。
もちろん、人生において何かに挑戦することに「遅すぎる」ということはありません。
本人のやる気次第では、何歳からでもやり直せるので。
とはいえ、年齢を重ねるほど試行錯誤できる時間的リソース(打席の数)を確実に失っていることは、動かしようのない厳しい現実です。
別の打席に立てば、あっさりと結果を出せたかもしれない未来の可能性をみずから捨て去る。
それがいかに、愚かな機会損失であることか、僕たちはもっと自覚的になるべきではないでしょうか?
人生の主導権を奪われる
かなり厳しいことを言います。
やめるという選択肢がない人間は、相手からみれば「どんだけ雑に扱っても逃げない都合のいい存在」です。
つまり、生殺与奪の権を他人に握らせている状態ですね。



冨岡さんに殴られそうだね…
どれだけ理不尽な労働を押し付けようが、低賃金で買い叩こうが、やめることができないわけですから。
人生のハンドルを100%他人に明け渡し、組織に飼い殺しにされる毎日。
それは安定ではなく、ただの奴隷契約です。
自分の人生の主導権を他人に明け渡したままで、本当に幸せな未来が訪れると思いますか?
強制退場を余儀なくされる
自分の意思でやめる選択ができないと、最終的に心身がぶっ壊れます。
つまり、やめざるを得ない状況に、半ば強引に追い込まれるわけです。
自ら退場する「前向きな傷」を恐れた結果、復活までに何倍もの時間を要する「致命傷」を負ってしまう。
究極の皮肉ですが、これがやめる勇気を持てない人の末路です。
心が完全に折れ、身体が動かなくなってからでは遅いんです。
そして何より残酷なのは、あなたが心身に致命傷を負ったところで、だーーーーれも責任なんてとってくれないという事実です。
使い潰された部品は、何事もなかったかのように交換されるだけです。
致命傷を負って「あいつのせいだ」と嘆いたところで、誰もあなたに手を差し伸ばしたりもしません。
むしろ「あいつ根性ねえな」と陰で言われておしまいです。
それでもなお、あなたはやめる勇気が持てませんか?
何かを辞める勇気を持つことが大切な理由


世間では「新しく始める人」を称賛し、「途中でやめる人」を根性なしと言います。
しかし、人生を好転させるのは、いつだって後者の「見切ってやめる決断ができた人」です。
ここでは、何かをやめることの重要性についてお話しします。
空白と有限なリソース
何か新しい挑戦を始めようとするとき、多くの人は「もっと勉強時間を増やそう」と、新しいタスクを上乗せしようとします。
いわゆる「足し算の思考」ですね。
この際なのでハッキリと言いますが、そのやり方を続けている限り、あなたの人生が好転することは絶対にありません。
なぜなら、僕たちの時間やエネルギーは有限だからです。
並々と水が注がれたコップに、さらに新しい水を注ごうとするとどうなるでしょうか?
当然、溢れてますよね。
人生も同じで、先に「空白」を作らなければ、新しいチャンスや本当にやりたいことも入らないわけです。
始める勇気よりも、まず今持っているものを手放して空白を作る勇気をもつこと。
この引き算の思考ができない限り、あなたのリソースは一生、今の不毛な環境の維持費として搾取され続けることになります。
サンクコストの罠
やめる決断を妨げる最大の敵が「せっかくここまで続けたのに、今やめたらこれまでの努力が無駄になる」というサンクコスト(埋没費用)の心理です。
あなたが過去にどれだけ時間やお金を投資していようが、そのコストは逆立ちしても戻ってくることはありません。
それなのに「もったいない」という感情に流され、ずるずると今の環境にしがみつくのは、パチンコで負けが続けいるのに「次こそは当たるはずだ!」とさらにお金を注ぎ込んでいるようなものです。
過去を惜しんで決断を先延ばしするほど、未来の損失はさらに膨らみます。
本当にもったいないのは、過去のサンクコストではなく、目の前にある「これからやり直せるはずの残りの人生」なんです。
こうした本質的な損に気づけない限り、あなたは過去の亡霊に人生を支配されることになります。
継続は力なりの嘘
日本では「石の上にも三年」やら「継続は力なり」と、耐えることをやたら美徳とします。
ビジネス書でも「1万時間努力すれば天才になれる」といった綺麗事が大真面目に語られています。
たしかに、努力は報われると信じたほうが生きやすいですからね。
ですが現実は、努力の量と成果は決して比例しないんですよね。
これは僕の暴論ではなく、とっくに科学的に証明されている事実です。
アメリカ心理学会のトップジャーナル『Psychological Science』に掲載された、マクマナム教授らの大規模な研究をご存知でしょうか?
1万人以上のデータを解析し、「練習量が技量(成果)にどれだけ影響しているか」を調べました。
その結果、努力が通用する割合は、スキルの分野によって驚くほど異なることが分かったんです。
- ゲーム:26%
- 楽器:21%
- スポーツ:18%
- 教育:4%
- 職業:1%未満
僕たちが最も多く関わっている職業においては、努力の量が成果に与える影響はたったの「1%」にすぎないわけです。
つまり、向いていない環境でどれだけ頑張っても、不毛な結果で終わりやすいというわけです。
何かをやめる勇気は何かを始める勇気よりも重要


結局のところ、世間が言う「継続は力なり」を真に受けて思考停止で耐え続けるのって、一番コスパが悪い「時間のドブ捨て」でしかないんですよね。
どれだけ歯を食いしばろうが、向いてない環境での努力なんてせいぜい1%しか通用しない。
辞める選択肢を持たずにそこに居座るのって、ただの「雑に扱っても逃げない都合のいい奴隷」でしかないですから。
そんなのは、最終的にメンタルがぶっ壊れて強制退場させられるのを待つだけのゲームです。
新しく始めるなんて、ぶっちゃけ誰にでもできますからね。
本当に大変なのは、過去の未練をスパッと切るやめる勇気を持つことです。
戻らない過去の元を取ろうとして、これからの未来まで人質に差し出すのはもう終わりにしませんか?
始めることの何倍も痛みが伴う「やめる決断」ができた瞬間から、ようやく自分の人生のハンドルを取り戻せるようになります。













コメント