こんにちは、寅吉です。
あられちゃん人生に絶望しか見出せない…
絶望から抜け出せる方法を知りたいな。
本記事では、このような悩みを解決します。
- Fラン大学中退⇨フリーター⇨引きこもりを経験
- 自己理解を深め、他人軸から自分軸へシフト
- 自分らしく生きる方法を本質的に発信中
「生きていたくないけど、死ぬ勇気もない」
過去の僕は、そんな気持ちで生きていた時期がありました。
大学を中退してからは、働くことも、人と関わることも、未来を考えることさえ苦痛でした。
昼夜逆転の生活を送り、酒やゲームに逃げてスマホの検索履歴には「ラクに消える方法」といいう言葉が並んでたり。
要するに、死ぬ勇気がないから、仕方なく1日をやり過ごしていたんです。
よく聞く「生きていればいいことがある」みたいな綺麗事では、片付けられない苦しみなんですよね。
今回は、人生に絶望していた僕が実際に感じていた、5つのことをお話しします。
この記事を読めば、誰にも理解されないと思っていた孤独が、少しだけ和らぐはずです。
人生に絶望してる人にしか分からない5つのこと


人生に絶望していた頃の僕は、“生き延びているだけの人間”になっていました。
何も感じず、何も望まず、ただ時間を消費する毎日。
この章では、そんな僕がどんな絶望を感じていたのかを紹介します。
検索履歴に並ぶ「消える方法」
大学を中退してから、人生から光が消えました。
朝も夜も関係なく、ただ呼吸をして引きこもる日々。
スマホの検索履歴には「楽に消える方法」と並んでいました。
でも実際、僕は死ぬ勇気すら持っていませんでした。
生きることを選んだのではなく、ただ“死ねないから生きている”状態でしたね。
まるで、生きた屍のように日々やり過ごす日々。
それでもカーテンの隙間からは容赦なく光が入ってくるんですよね。
とてもじゃないですが「新しいあさが来た希望の〜♪」とは思えませんでした。
目覚ましが絶望の合図
人生に絶望していた頃は、働きもせず毎日引きこもり状態でした。
そのくせ一応、毎朝7時とかにアラームを設定していたんですよね。
「一応、人らしい生活を送っとかないとやべえかも」
そんな漠然とした不安を抱えていたので。
当然スヌーズの連続で、決めた時間に起きられた試しが一度もありませんした。
そして次第に目覚ましを設定するのをやめて、誇張抜きで12時間近く眠っていました。
寝てる間だけは、人生への絶望も感じなくて済みますからね。
でも不思議なことに、どれだけ寝ても体も心も全然休まらなかったんです。
むしろ、眠るほど現実との温度差が広がっていくようで恐怖を感じてたくらいですね。
現実逃避だけが心の避難所
人生に絶望していた僕にとって、現実は敵でした。
何をしてもうまくいかないリアルから逃げるように、現実逃避まっしぐらでしたね。
ゲーム、動画、SNS、酒。
カッコつけて昼間からウイスキーをロックで飲んでは「もう生きたくない」と泣く日々。
でも、当時の自分にとって酔って眠るまでの時間が、唯一の安らぎだったんです。
もちろん酔いから覚めたあとは、現実が否が応でも目の前に立ち塞がります。
それでもなお、現実逃避は人生に絶望しきっていた僕にとって唯一の相棒でした。
社会や友人に憎しみが増す
現実逃避がてらSNSを開くと、必ずと言ってもいいほど絶望していましたね。
友人たちは順調に大学を卒業し、それぞれの道を歩む姿がアップされる。
そんな画面が、まるで“お前は敗北者じゃけえ”と突きつけてるようで、何度もスマホを布団に叩きつけてましたね。
それに加えて、社会に対する憎しみや憎悪も増していました。
「努力すれば報われる」
「行動しないお前が悪い」
こうした自己責任論や、自分を必要としない社会が死ぬほど嫌いでしたね。
夜になると自己嫌悪が止まらない
夜、布団の中でスマホを見ながら、毎晩同じことを思ってました。
「今日も何もできなかった」
「明日も同じような日々が待ってる」
ぼんやり天井を見つめながら「なんでこんなクソみたいな人生になったんだろう」と自分を責める日々。
現状を嘆くと同時に、将来のことを想像すればするほど、今の自分がとことん“詰んでる人間”に見えてくるんですよね。
こうした自己嫌悪ごと、眠りに逃がすように目を閉じていました。
もしあなたが、自分には何の価値もないと思っているなら以下の記事を参考にしてください。
【ゴミなんて言わせない】何の取り柄もない人が自信を取り戻す3ステップ
人生に絶望した僕を縛った3つの思い込み


人生に絶望した原因は、大学中退や引きこもりという事実だけではありませんでした。
- 普通のレールから外れたらオワコン
- イヤイヤ働くのが社会人の務め
- 成功しない自分には価値がない
このような思い込みが、人生から希望を奪っていたんです。
ここでは、絶望の奥に隠れていた3つの思い込みについて話していきます。
レールから外れたら人生終了
大学を中退したとき、僕は自分の人生が終わったと確信していました。
“普通の人生”というテンプレートから外れた瞬間、社会の外側に放り出されたような感覚ですね。
誰かに直接言われたわけじゃないのに「レールを外れた人間=負け組」という価値観が
深く染みついていたんです。
同世代が就職して、恋人ができて、SNSで順調そうな日々を更新していく。
それを見るたびに「俺はもう取り返しのつかない場所にいる」と思ってしまう。
つまり、社会が怖かったというより、社会の“正解”を生きられない自分が怖かったんですよね。
もしあなたも、社会の正解を生きるのが苦痛なら、以下の記事を参考にしてみてください。
働くことは40年間の懲役
社会に出てから感じたのは「働く=我慢」という空気でした。
多くの大人は、口をそろえてこう言うじゃないですか。
- 「大学生のうちに遊んでおけよ」
- 「社会人になったら大変だぞ」
- 「仕事はお金のために我慢してやるものだ」
こうした言葉を聞くたびに、静かに働くことへの希望を失っていたんですよね。
それに当時の僕には、楽しそうに働いている大人がほとんど見当たりませんでした。
まるで、“人生は40年間の懲役刑だ”と言わんばかりに。
そんな世界で生きていくことに、どうしても希望や意味を感じられなかったんですよね。
そして、その価値観に馴染めなかった自分を「社会不適合者」と切り捨てていました。
もしあなたも、働くことが懲役のように感じているなら以下の記事を参考にしてください。
【絶望回避】社会人の懲役40年に飲まれないための3つの考え方
成功しなければ価値がない
黒歴史全開で話しますが、働くことに希望を感じられなくなった僕は、“理想の自分”という幻を作って生き延びていました。
- 「いつか成功して、全部見返してやる」
- 「自由に生きてる俺を証明してやる」
- 「俺には特別な才能が眠っているんだ」
自分の中にヒーロー像を作って、脆い自尊心を守ろうとしていたんですよね。
でも理想を掲げるほど、現実の自分が嫌いになっていくんです。
理想と現実のギャップを埋める努力はせずに、人を見下すことに執着していました。
「あいつは夢を捨てた敗北者だ」
「俺はあいつらとは違う」
そう思い込むことでしか、自分のプライド(自尊心)を守れなかったんです。
だから僕は、いつか成功する理想の自分を作り上げ、今の惨めな自分を見ないようにしていたんです。
人生に絶望していた僕が再起できた3つのきっかけ


人生に絶望してからは、すぐには立ち直れませんでした。
でも、少しずつ現実に目を向けられる瞬間が増えていったんです。
ここでは、僕が“再び生きようと思えた”小さなきっかけを話します。
現実を敵から観察対象に変えた
ある日ふと、思ったんです。
「俺、社会のどこにも属していないな」って。
同世代は会社で働き、恋人がいて、休日は疲れた顔で愚痴をこぼしている。
要するに、みんな何かしらの役を演じて生きているわけです。
それに比べて自分は、社会に属していないヒキニート。
その輪の外から眺める自分は、もはや観客みたいなもの。
でもその瞬間、少しだけ冷静になれたんです。
「社会の中で生きること」と「社会に合わせて生きること」は全く違うんじゃないのかと。
以前までは社会を敵だと思っていましたが、よく考えればただ“システムの一部”にすぎないんですよね。
それからは、「自分はどんな形で社会の中で生きられるのか?」と考えるようになりました。
逃げていた現実を観察対象に変えた瞬間が、絶望人生から抜け出すはじまりでした。
夢より先に生きる基本へ戻った
立ち位置を客観視できるようになった頃、何か大きなことを始めようとは思いませんでした。
むしろ「生きる基本」をやり直そうと思ったんですよね。
当時はゴミのような生活を送っていたので、そこから改善しようと思ったんです。
- 決めた時間に起きて朝日を浴びる
- ジャンクフードやカップ麺を控える
- スマホに触る時間を減らす
ぶっちゃけ、“夢”とか“理想”とかは考えていませんでした。
それよりも「今日も生きられたな」って思える一日がほしかったので。
不思議と規則正しい生活を送れることで、ようやく人生に小さな光を感じられるようになりました。
車で例えるなら、ガス欠状態にエネルギーを補充するようなイメージですね。
どんなに早い車でも、ガス欠だったら目的地どころか一歩も進めませんから。
もし、今からじゃ何をやっても遅いと感じているなら、以下の記事を参考にしてください。
“手遅れマーケティング”に騙されるな。人生は何歳からでも変えられる
理想より納得できる人生を模索した
少しずつ暮らしが整ってきたころ、“理想の自分”を演じるのに疲れていることに気づいたんですよね。
その時ようやく、誰かの期待に応える生き方はやめようと思ったんです。
昔の僕は「成功すればすべて報われる」と信じて疑いませんでした。
でも、実際に必要だったのは、“納得して生きる力なんですよね。
- 人からどう見られるかより、自分が気持ちよく過ごせるか。
- 完璧を目指すより、着実に一歩進めているか
- 「正しいか」より、「本音に沿っているか」
理想を追っていた頃より、地味で目立たない生き方ですが、自分の人生を生きてる感覚を感じられました。
誰かに羨ましがられる人生じゃなくても、今の自分が「これでいい」と思える日々。
それが僕にとって、絶望の人生から抜け出せた再起の始まりでした。
もしあなたも、自分が納得できる人生を送りたいと考えいてるなら、以下の無料ガイドを参考にしてください。
誰かの正解ではなく「これでいい」と思える生き方を見つけたい方は、ぜひ受け取ってください。
人生の絶望は終了ではなく限界通知


あの頃の僕は、生きる意味を完全に見失っていました。
でも今振り返ると、僕を絶望させていたのは人生そのものではなかったんですよね。
社会のテンプレから外れ、成功しなければ価値がないと思い込み、理想の自分を演じ続ける。
そんな生き方では、もう自分を守れなくなっていたんです。
僕にとって絶望は、今までの生き方を続けられないという限界通知でした。
ぶっちゃけ、生きる意味なんて後づけでいいんですよ。
必要なのは、立派な答えを見つけることではありません。
自分が「これでいい」と思える一日を、少しずつ増やしていくことだったんです。













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