あられちゃん可哀想な自分が好きかもしれない…
どうしたら幸せを喜べるようになるの?
本記事では、このような悩みを解決します。
- Fラン大学中退⇨フリーター⇨引きこもりを経験
- 自己理解を深め、他人軸から自分軸へシフト
- 自分らしく生きる方法を本質的に発信中
「私、可哀想な自分が好きなのかもしれない…」
そんなふうに感じたことがあるなら、この記事はきっと、あなたの「心の奥」を言語化するヒントになるはずです。
幸せになりたい、変わりたい。だけど、うまくいきそうになると壊す。
なぜかいつも、苦しい方を選んでしまう。
その理由は、意志が弱いからでも、性格が歪んでいるからでもありません。
実は、脳と無意識が仕掛けてくる「安心の罠」なんです。
この記事では、以下の内容について紹介しています。
- 可哀想な自分が好きな人の、脳と心理の構造
- 「不幸癖」が生まれる、思考のクセと自己投影
- 可哀想な自分を抜け出す3つの方法
ただのポジティブ論でもなく、リアルな心理構造に踏み込んでいきます。
可哀想な自分が好きな人の脳と心理の構造


人が「不幸な状態」にとどまりたくなるのは、単なる性格の問題ではありません。
脳の構造的なクセや、無意識の深い欲求が関係しているんです。
脳は「予測できる不幸」に安心してしまう
昔、犬に電気ショックを与える実験がありました。
最初は逃げようとするのに、何度やってもダメだとわかると、逃げられる状況になっても動かなくなる。
これを「学習性無力感」といいます。
実はこれ、人間の脳も同じなんです。
何度も傷ついた経験があると、「もうどうせダメだ」と決めつけて、動かないほうが安心になる。
未知の幸せより、慣れた不幸のほうが落ち着く。
あなたにも覚えがありませんか?
「今の自分にぴったりの現実」を引き寄せる
いくら「幸せになりたい」と願っても、心で「私は可哀想な人間だ」と思っていたら、現実はその通りになります。
いわゆる、引き寄せの法則ですね。
つまり、前提が「私は不幸がお似合い」と思っていたら、その現実が優先されるんです。
嫌なことが起きる⇨私は不幸だ⇨幸せになれない
あっという間に、負のセルフループの完成です。
この無意識のループを抜けるには、自分の思い込みに気づくことが必要になります。
「私は幸せになっちゃいけない」と信じていないか?
問い直すだけでも、視点が変わり始めますよ。
被害者でいれば、ラクに生きられる
かなり厳しいことを言いますが、不幸でいればラクに生きられるんですよ。
- 努力しなくていい
- 人に気を遣ってもらえる
- 失敗しても反省しなくて済む
つまり「可哀想な自分」って、実はめちゃくちゃコスパがいいんですよね。
だからこそ人は、気づかないうちに「不幸なポジション」に居座ってしまうんです。
可哀想な自分って、最も安上がりで維持できる「自分らしさ」ですから。
僕もずっと「親のせい」「社会のせい」と言いながら、動きたくない自分に居心地の良さを感じてました。
でも、それを認めた瞬間から、自分の人生の舵が少しずつ握れるようになったんですよね。
不幸が落ち着く“被害者脳”の正体


- 不幸な出来事ばかり起きる
- 人に傷つけられてばかり
- 努力してもうまくいかない
そう感じるとき、私たちは「現実がつらいから苦しい」と思いがちです。
でも本当はその逆で「苦しみたいから現実を脚色している」可能性もあるんです。
記憶は都合よく物語化される
僕たちが記憶してる出来事って、実はほとんどが“編集済み”なんです。
しかも、自分にとって都合のいいように、無意識に書き換えられています。
たとえば、
- ちょっと冷たくされたことを「いじめ」と記憶している
- 建設的なアドバイスを「否定された」と感じてしまう
- 誰かに選ばれなかった経験を「私は愛されない人間」と思い込む
脳は、強い感情と一緒に起きた出来事を優先して覚えます。
そして、同じパターンを何度も繰り返すうちに「事実」ではなく「」になっていくんですよね。
記憶はいつも「可哀想な自分」という物語の証拠探しに使われる。
上記を意識するだけで、現実のとらえ方が好転しますよ。
可哀想でいるために、不幸を盛ってしまう
人は無意識のうちに、自分の不幸を盛ってしまうことがあります。
でもそれって、自分を守るための防衛反応なんですよね。
- 軽く注意されただけなのに「否定された」と感じる
- 一度失敗しただけで「私はダメだ」と思い込む
- 人の成功を「見下された」と解釈する
つまり、事実よりも、“可哀想な自分”に都合のいい解釈を選んでしまうんです。
僕もかつて、「頑張ってるのに誰もわかってくれない」と思い込んでいた時期がありました。
でもよくよく考えたら、わかってもらえない自分でいたほうがラクだったんですよね。
不幸を盛ることで、自分を正当化できるので。
傷つかないように、自分を守ってくれていたんです。
他人への共感は自分への投影
「やたら人の不幸に反応する」
「苦しんでる人を見ると放っておけない」
それ、もしかすると、過去の自分を重ねてるだけかもしれません。
- 誰かを守りたくなるときは、守れなかった自分を守っているから
- 怒りがこみ上げるときは、言い返せなかった自分がまだそこにいるから
- 共感しすぎてしまうときは、過去の自分が重なっているから
共感という形を借りて、僕たちは過去の自分を癒そうとしていることがあるんです。
でも、それに気づかずにいると、感情がまるで他人に乗っ取られたように揺さぶられてしまいます。
僕自身も、自分を責めてばかりの人や、周りに理解されずに孤立してる人にすごく敏感でした。
でもそれは、昔の自分を他人に投影しているからなですよね。
共感の正体は、処理しきれてない“あなた自身”かもしれません。
可哀想な自分を抜け出す3つの現実的ステップ


「もうこのままじゃイヤだ」と思っても、いざ変わろうとすると怖くなる。
そんな経験、ありませんか?
可哀想な自分をやめることは、ずっと身にまとっていた“安心の鎧”を脱ぎ捨てることなんです。
まずは“演じてる自分”に気づいてみよう
「演じてる」って言うと、他人事みたいに聞こえますよね。
でも実は、無意識のうちに“可哀想な自分”を演じてる人って多いですよ。
たとえば、
- SNSで、しんどいアピールの投稿
- 周囲に「私頑張ってるのに…」感を出す
- 不幸に共感してくれる人に、快感を覚える
ちょっとでもドキッとしたら、そこに「演じてる自分」がいるかもしれません。
僕自身、かつては「人生終わった」と思っていたものの、変わるのが怖くて何もしてなかったんですよね。
なぜなら、ダラダラ文句を言ってる方がラクだったから。
だからこそ、まずは疑ってみることが大切なんです。
「もしかしたら、自分は“しんどい自分”を演じてるかもしれない」
可哀想な自分を演じてることに気づけた瞬間が、ほんとの変化のはじまりなんです。
「幸せになるのが怖い」という気持ちを認めよう
「変わるのが怖い」
「幸せになるのが怖い」
そう思うこと、ありませんか?
実はその恐怖、ものすごく自然な感情なんですよ。
幸せになるってことは、
- 言い訳を手放すこと
- 自分で責任を持つこと
- 成功に値する自分になること
つまり、もう「誰かのせい」にできないいんですよ。
自分のケツは自分で拭くってやつですね。
「幸せになるのが怖い」と正直に認められた瞬間から、人は前に動き出せるんです。
「幸せになりたい」と言いつつ、どこかで“今のまま”でいたい自分もいる。
その矛盾を抱えたまま進むこと。
それこそが、ほんとの意味での「前に進む」ってことなんじゃないかと思うんですよね。
“脚本”を降りて自分の人生を再スタートする
“可哀想な自分”という脚本は、ある意味とてもよくできた物語です。
- 周りに慰めてもらえる
- 努力しなくても同情してくれる
- 失敗しても反省しなくてもいい
でも断言しますが、不幸な脚本を演じ続ける限り、人生が好転することはありません。
可哀想な自分を演じるのをやめた瞬間から、あなたの人生は再スタートできるんですよ。
これからは、誰かの期待や理解してもらうのではなく、自分の意思で生きてください。
過去の脚本を降りて、自分で書き直す。
それが「自分軸で生きる」ということなんですよ。
怖くても、ちょっとずつでいいんです。
“可哀想な自分”をやめたその先には、まだ知らない自分が待ってますよ。
可哀想な自分好きを卒業しよう


- 理解してほしかった
- 救ってほしかった
- 自分をわかってほしかった
そんな気持ちが、いつの間にか「可哀想な自分」にしがみつかせていたのかもしれません。
でも、そろそろ“可哀想な自分役”を降りてもいい頃じゃないですか?
あなたは「本当はもっと幸せになりたい」と、どこかでずっと思ってたはず。
それを認めることができたあなたなら、きっと大丈夫です。
あなたの脚本は、あなた自身で書き直せます。
悲劇の主人公から、“人生の主役”に戻ってこれますよ。
この先、必ずうまくいかない壁にブチ当ることがあると思います。
でも、もう「自分で選ぶ」って決めた時点で、人生は変わり始めているんです。
あなたにしか書けないストーリーを、ここからまた始めていきましょう。
あなたが“主役”に戻って来る日を、心から応援しています。
以下は、かつて可哀想な自分が好きだった僕が、どうやってそこから抜け出したのかをまとめた記事です。
【可哀想な自分という麻薬】しんどいのに、どこか心地よかった理由
「しんどいのに、どこか心地いい」
そんな感情に覚えがある人は、ぜひ読んでみてください。
主役として人生をやり直す一歩を、以下の再起動ガイドにまとめました。
このまま被害者意識で人生を終わらせたくない人は、ぜひ受け取ってみてください。











コメント