あられちゃんバカにされる方が、ラクに生きられそうじゃない?
最初からバカ扱いされるほうが気楽そうだし…
こんにちは、寅吉です。
本記事では、このような悩みを解決します。
- Fラン大学中退⇨フリーター⇨引きこもりを経験
- 自己理解を深め、他人軸から自分軸へシフト
- 自分らしく生きる方法を本質的に発信中
「バカにされるほうが、ラクに生きられる」
確かにそのほうが、波風も立たず、無難にやり過ごせますよね。
でも実は、バカにされる気楽さに慣れると、意外な落とし穴が潜んでいるんです。
この記事では、以下の内容を解説します。
- バカにされるほうがラクな心理
- バカにされることに慣れる代償
- 前向きなバカになる方法
10年以上バカにされてきた僕が解説するので、説得力はあるかと思います。
バカにされるほうがラクだと思う心理


なぜ、バカにされるほうがラクだと思ってしまうのか?
僕の実体験を交えながら解説していきます。
本当の実力を知られたくない
「失敗するくらいなら、本気を出さないほうがマシ」
そう考えるのは、弱さではなく“人間の防衛本能”です。
- 自虐キャラを演じる
- 本気じゃない言い訳
- わざと失敗する
自らバカになれれば、失敗しても「本気じゃなかったから」と逃げ道を作れるんですよね。
僕自身、部活の時に何度もやっていました。
本気でプレーしない⇨自分の下手っぴを知られたくない
つまり、バカにされることで、自分の本当の評価を守ることができるんですよね。
責任から逃れられる
いじられキャラって、めちゃくちゃラクなんですよね。
- ちゃんと扱われない⇨責任を負わなくていい
- ナメられてる⇨「どうせアイツ」で済む
- 本気を求められない⇨傷つかずに済む
ヘラヘラバカなフリをしていれば、失敗してもそこまで責められることもない。
本気でやって否定されるより、バカにされていたほうが安全なんですよね。
だから僕は、逃げるように“いじられポジション”に身を任せていました。
そのくせ、人にバカにされる度に「許すまじ」と怒りを募らせていましたね。
不戦勝をキープできる
「どうせ勝てないなら、最初からやらない方がマシ」
自分からバカを演じることで、勝負の場から降りる。
こんな経験はありませんか?
自分が劣っているとみなされるくらいなら、最初から戦わない選択をするんですよね。
- 勉強が苦手だから、授業中にふざけて目立つ
- 運動ができないから、おちゃらけてごまかす
僕も昔「真面目に努力するなんてダサくね?」と思ってたんです。
でも本当は、周りに負けるのが怖かっただけなんですよね。
つまり、バカにされる方がラクと感じる裏には、傷つくのが怖い気持ちが隠れているんです。
でも、勝負を避け続けていると、いつの間にか“本気を出す力”そのものが育たなくなるんですよね。
バカにされるほうがマシ思考がもたらす3つの代償


気づかないうちに、自分で自分の価値を下げてしまう。
ここでは、バカのフリを続けることによってどんな代償を払うのか、現実的な視点から解説します。
本気を出せなくなる
最初は自分を守るために選んだバカのフリでも、長く続けると“キャラ”として定着します。
バカにされるほうがラクだと思う心理の裏側には「自己防衛」が潜んでいる。
さきほど説明したように、本気を出して失敗することが、とても恐ろしく感じてしまうんです。
- チャンスが来ても「どうせ自分なんか」と引いてしまう
- 本当はやりたいことにも「自分には合わない」と諦める
- 他人からの評価にばかり敏感になり、自分の意思がわからなくなる
本気を出すことが怖くなるうえに、挑戦したくても身体が動かなくなる。
次第に、“人生を動かす力”まで失ってしますんです。
親密な人間関係を築けない
バカなフリは、その場を和ませる3枚目になれます。
でもそれは、あくまでも「浅い関係」にとどまる手段にすぎないんですよね。
いつも冗談ばかり言って、話す内容も軽くて当たり障りのないことばかり。
こんな風に振る舞っていれば、当然相手は“深い話”をしてくれなくなります。
反対に、友人と秘密を共有した時って、なんだか親密度が増す感覚になりますよね。
- 悩み相談はされない
- 真面目な話には呼ばれない
- 重要な場面では外される
バカを演じて自分を守るつもりが、関係性を築くチャンスを手放しているんです。
気づいたときには、ただ“楽しい人”として扱われるだけの表面的な存在になってしまうです。
自分自身を雑に扱うようになる
バカにされるポジションに居続けると、人からの軽い扱いが当たり前になります。
すると不思議なことに、自分をも雑に扱うようになっていくんですよね。
- 「どうせ自分なんて」と挑戦を諦める
- 雑に扱われても「やめて」と言えない
- 自分の意見や感情を真剣に扱わなくなる
人からの扱われ方が、内面の自己評価にまで染み込んでいくんですよ。
処世術のはずが、いつの間にか“自分を見捨てるバカ”になる。
あなたにも、心当たりがありませんか?
バカにされることに慣れると、自分すら大切に扱えなくなってしまうんです。
「バカを演じる」と「バカになる覚悟」は別モノ


「バカを演じる」と「バカになる覚悟」は、似ているようでまったく別の在り方です。
前者は“逃げ”で、後者は“挑戦”。
バカにされることを恐れて守りに入るか、それとも笑われてもやるかで、人生の景色は大きく変わります。
覚悟のバカになれ
世の中には2種類の“バカ”がいます。
- 責任や期待から逃げるために笑ってごまかす「フリのバカ」
- 笑われても挑戦する「覚悟のバカ」
要するに、消極的なバカと積極的なバカですね。
たとえば、以下のとおり。
- フリのバカ:わからないのに知ったふりをする
- 覚悟のバカ:無知を認めて質問できる
- フリのバカ:傷つきたくなくて動かない
- 覚悟のバカ:笑われても前に進む
本当に強いのは、変なプライドを脱ぎ捨てて、自分の弱さを認められる覚悟のバカです。
できないことを認めて、笑われても挑戦する。
そうやって前に進める人だけが、人生を変えることができるんです。
バカにされる人ほど成長する
よく「馬鹿にされる人ほど成長する」と聞きますが、これは根拠のない精神論ではありません。
人から笑われるというのは、裏を返せば「未熟なまま行動に移した」という証ですよね。
まだ準備が整っていない段階でも、自分なりに考え、勇気を出して踏み出す。
当然、うまくいかないことが多いですが、失敗しなければ得られない学びをいち早く吸収できます。
一方で、自己防衛が目的のバカなフリは、大きな学びもなければ、前進もありません。
「何も起きない」ことが、人生の停滞を生みだす最たる原因です。
よく「人生クソつまんねえ」とぼやいてる人がいますが、当たり前なんですよ。
バカなフリという鎧をまとってる限り、“変化”を味わうことができないので。
恥をかこうが、バカにされようが、それでも前に進む。
こうした積み重ねが、揺るがない自信と実力を育ててくれるんですよ。
バカになる覚悟があると自由になれる
人からバカにされるのって、控えめに言っても怖いですよね。
でも裏を返せば「笑われてもいいや」と思えた瞬間から、何だってできるようになるんですよ。
他人の評価を気にし続ける人生は、常に“正解”を探すゲームみたいなもの。
でも馬鹿になる覚悟を決めた人は、他人の正解をを探そうとはしません。
- やりたいからやる
- 納得できるから進む
- 間違えても自分で責任を取る
人にどう見られるかではなく、自分がどう在りたいかを基準に選べるようになるんです。
高校のとき、日本史を担当していた恩師に、こう言われたことがあります。
「馬鹿になってやれ」
守るためじゃなく、挑むためのバカになれ。
僕なりの勝手な解釈ですが、今でも恩師の言葉が行動の原動力になっています。
ちなみに、当時全教科赤点だった僕が、日本史だけは学年1位を取りました。(自慢)
一度バカになる覚悟が決まれば、周囲の評価なんて鼻くそ程度にしか思わなくなるんですよね。
もし、あなたが今「バカにされること」に違和感を覚えているなら、次のステージに進むサインかもしれません。
バカにされるほうがラクだが、同時に人生も止まる


「バカにされるほうがラク」
そうやって、自分を小さく見せてきた人は多いと思います。
本気を出さなくて済むうえに、失敗しても逃げられる。
でも、それって本当に“ラクな人生”なんでしょうか?
確かに、目の前の小さな傷からは守られるかもしれません。
でも代わりに、信頼やチャンス、そして「自分で選ぶ人生」も手放しているんです。
本当はあなたも、挑戦することや誰かに認められたいと思っているのではありませんか?
自分の気持ちに気づけたときが、“演じる人生”を終わらせるタイミングですよ。
それでは、また。











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