【実体験】大学中退してよかったと思えるようになるまでのリアルな話

二つの扉

こんにちは、寅吉です。

あられちゃん

大学中退を検討してるけど、後悔しそうで決断できない…
実際に大学を辞めた人の話を聞いてみたいな。

本記事では、このような悩みを解決します。

ざっくり自己紹介
  • Fラン大学中退⇨フリーター⇨引きこもりを経験
  • 自己理解を深め、他人軸から自分軸へシフト
  • 自分らしく生きる方法を本質的に発信中

上記のとおり、僕は大学を1年で中退しました。

入学してすぐに講義に行かなくなり、そのまま中退という選択をしています。

この記事では、そんな僕が「大学中退してよかった」と思えるようになったのかを、
事実ベースで書いています。

実際に大学をやめた人間の一例として、読んでもらえたらと思います。

目次

僕が大学を中退した3つの理由

暗い山

まずは、僕がなぜ大学をやめたのかを話していきます。

将来のリターンを見込めなかった

僕が大学を辞めた一番大きな理由は、将来のリターンをまったく想像できなかったことです。

いわゆる、Fラン大学に奨学金を借りて通っていましたが、講義内容と将来がまったく結びつかなかったんですよね。

仮に、名のあるレベルの大学に行っていたのなら、中退は考えなかったかもしれません。

「そんなの、行く前から分かってたんじゃないの?」

なかには、そう思う人もいるかもしれません。

ですが、高校生の僕は、周りと同じようになんとなく大学に行くことが正解だと思い込んでいたんですよね。

だからこそ、自分の選択を疑うことはありませんでした。

シンプルにつまらなかった

もう一つは、とにかく大学がつまらなかったことですね。

入学最初は、真面目に通うつもりでした。

ですが、次第に講義に意味を感じられなくなり、気づけば欠席のオンパレード。

その時点で大学を辞めていればよかったんですが、すぐに決断できなかったんですよね。

  • 奨学金を借りてしまった
  • 親にもお金を出してもらった
  • 今更大学を辞めたら面目丸つぶれ

親から近況報告を聞かれたときには「順調だよ」と、息を吐くように嘘をついてました。(反省してます)

大学の意義がわからなくなった

在学中は体育会系の部活に所属していて、週6で練習がありました。

講義⇨部活⇨夜勤バイト

僕と同じ部員は、上記のような生活を送っていました。

とはいえ、僕の場合はさきほど言ったように、ほとんど講義には出ていません。

ですので、

夜勤バイト⇨睡眠⇨ダラダラ⇨部活

半ニート的な日常を送っていました。

そんなクソみたいな日常を送っているとき、ふと思ったんですよね。

「なんのために大学に行ったんだろう」と。

そのときはじめて「部活をやりたい+みんな行く」と安易な理由で進学したことを後悔しました。

大学中退後に待っていた現実

横たわる男性

大学を中退した直後は「やめてよかった!」と思っていました。

ですが次第に、不安と焦りが募っていったんですよね。

この章では、中退直後に直面した現実について書いています。

将来の展望を1ミリも想像できなかった

大学をやめた直後、正直なところ解放感より不安のほうが大きかったんですよね。

社会のレールという「正解ルート」から外れた恐怖が、頭から離れずにいました。

  • 何をすればいいのか分からない
  • これから先の見通しが立たない
  • 小さなことで不安が膨らむ

一番つらかったのは、判断の基準がなくなったことですね。

大学に通っていれば、良くも悪くも次のステップが用意されているじゃないですか。

大学⇨就活⇨就職みたいな。

ですが、大学をやめた瞬間に、こうした正解のレールが一気に消えるわけです。

まるで、いきなりジャングルに放り込まれたような感覚でしたね。

自分で決めなければ前に進めない状態に、思った以上に戸惑いました。

周りとのズレと比較が一気に押し寄せた

大学を中退してから、周りとのズレを強く感じるようになりました。

同じ場所にいたはずの同級生たちは、当たり前のように大学生活を続けている。

まるで、自分だけが別の時間軸に放り出された感覚でしたね。

特にきつかったのは、比較が避けられないことです。

  • SNSで流れてくる就活や単位の話
  • 「最近どう?」と聞かれる何気ない一言
  • 周りが前に進んでいるように見える状況

頭では、人と比べても意味がないことくらい分かっていました。

でも現実問題、比べる材料があまりにも多いんですよね。

ただ「同じレールにいない」という事実が、想像以上に辛かったのは今でも覚えています。

何者でもない時間が一番しんどかった

中退して一番つらかったのは、何者でもない時間を過ごすことでしたね。

学生でもなければ、社会人でもない。

まあ側からみれば、ただのニートなんですけどね。

それに加え、毎日以下のような感覚に苛まれていました。

  • 一日が終わっても達成感がない
  • 何も積み上げていない自分が死ぬほど嫌い
  • 毎回寝る前に、将来を想像しては絶望にのまれる

大学に通っていた頃は、不満があっても「学生」という枠がありました。

当然ですが、大学をやめると「学生枠」を剥奪されます。

それと同時に「俺は〇〇大学の学生だ」というアイデンティティも喪失。

「何者でもない自分」と向き合うのが、とにかく辛かったですね。

大学を中退してよかったと思えた転換点

希望の光

中退してしばらくは、自分の選択を肯定できずにいました。

でも、時間が経つにつれて「大学を中退してよかった」と思えるようになったんです。

ここでは、その転換点を振り返ってみます。

社会の構造と中退の見え方

大学中退を「失敗した」と感じていた頃、自分の判断が間違っていたのだと思い込んでいました。

ですが、あとから冷静に振り返ると、そう感じるのはある意味自然だったと感じたんですよね。

大学に進学する⇨就職する⇨安定する

日本では、この流れが唯一の正解として共有されているじゃないですか。

こうした前提がある以上、途中で正解ルートから離れれば、「落伍者」に見えるのは避けられません。

でも問題は、中退という事実そのものより、評価の基準が最初から一つしか用意されていないことなんですよね。

  • 正解ルートに乗ってる人⇨当たり前
  • 正解ルートから外れた人⇨オワコン扱い

だからこそ、このような歪んだ価値観がうまれるわけです。

僕が大学中退後に感じていた不安や劣等感は、能力不足というより、構造的な圧力に近かったと思うんですよね。

そう考えるようになってから、中退を過剰に「自分の欠陥」として扱う必要はないと思えるようになりました。

他人基準から一抜けした

とはいえ、社会の構造に気づいたあとも、すぐに気持ちが楽になったわけではありません。

頭で理解していても、他人の評価を基準に生きるクセは根強く残っていたんです。

当時は、何かを選ぶたびに「世間的にどうなのか?」と考えていました。

だからこそ、大学を辞めたという選択に対して「自分は落伍者なんだ」と周りの目が気になっていたんですよね。

ですが次第に「どう見られるか」ではなく「自分が納得できるか」を基準に置くようにしたんです。

これといって、大きな決断をしたわけではありません。

小さな選択を、自分の感覚で決める回数を増やしただけです。

他人基準から完全に降りられたわけではありませんでしたが、少なくても人生を自分で引き受けている感覚が戻ってきました。

それが「大学を中退してよかった」と思えるようになった大きな転換点だったと思います。

大学は選択肢の一つにすぎない

今だからわかることですが、大学中退を「失敗」と感じていた頃は、そもそも前提がズレていたんですよね。

大学は行くか行かないかを選ぶ場所であって、人生の合否を決める試験ではありません。

それでも世間では「大学をやめたら人生終わりだぞ」みたいな的外れな意見が往来しています。

ただ冷静に見ると、この手の発言をしてる人の多くは、大学をやめた経験がない人たちです。

やめたことがない人が、やめたあとの現実を語っている。

これって、かなり不思議な構図だと思いませんか?

当たり前ですが、大学だけが唯一の正解だと断言できるほど、人生は単純ではありません。

それなのに「大学をやめたら人生終わる」という雑なラベルだけが、やたら流通しているんですよね。

大学を辞めることは、数多く存在する選択肢のひとつにすぎません。

つまり、中退そのものを成功か失敗かで判断すること自体ナンセンスなわけです。

大学を中退してよかったと思えるようになった理由

2つのルート

大学中退を「よかった」と思えるようになったのは、何かに成功したからではありません。

ただ単に、考え方の軸が変わっただけです。

短期の合理は長期の不合理

世間の常識を見ていると、「今、合理的かどうか」で判断する場面って多いじゃないですか。

大学に限った話だと、

  • 大学は必ず卒業しなければいけない
  • 多少辛くても我慢するべき
  • 一度決めた選択からは逃げてはいけない

こんな感じですかね。

たしかに、上記の価値観は短期的には合理的です。

でも、僕の場合は違ったんですよね。

世間一般の「短期の合理」を積み重ねた先に、自分が納得できる未来がまったく見えなかったんです。

一方で、大学を辞めることは、どう考えても短期的には不合理ですよね。

世間体は悪いし、不安も増える。

ただ、その不合理を引き受けたことによって「我を殺して正解を当て続けるクソゲー」から降りられるという、長期の合理を得ることができたんです。

それが、大学を中退してよかったと思える一番の理由ですね。

自分の取説と向き合えた

大学をやめた直後は、弱みを消すことに躍起になっていました。

学歴というハンデを埋めるために、通信制大学に入り直すか、評価される資格でも取ろうかと考えたこともあります。

でも、そこで一度立ち止まって考えたんですよね。

「それって結局、大学を中退する以前の俺と変わらなくね?

学歴がダメなら、別の肩書きで上書きする。

発想としては自然ですが、やっていることは大学にいた頃と変わらないわけです。

なぜなら、評価の基準を外部に置いているから。

そこで考え方を改め、弱みを矯正するのではなく、特性に目を向けました。

  • 一斉に同じことをやる環境だと消耗する
  • 評価されるための努力は続かない
  • 自分で決められる裁量があるほうが活き活きできる

まるで、自分の取説を読み直すような感覚ですね。

それからは、無理に自分を「普通側」に寄せるのをやめました。

学歴や資格で正当化するより、自分に合った戦略を選ぶ。

大学を辞めてよかったと思える大きな理由は、自分の仕様を前提に、人生を再設計する時間を得られたことですね。

本当の失敗に気づいた

大学をやめた直後は「中退=失敗」という前提で自分を責めていました。

ですが、少し冷静に振り返れるようになってから、別の疑問が出てきたんですよね。

失敗って、そもそも何だろう?」と。

世間で言われる失敗の多くは、

  • 低学歴
  • レールから落ちた
  • みんなと違う生き方

こんな感じですかね。

でもこれらは、失敗ではなく「結果」にすぎないんですよ。

結果なんて、状況次第でいくらでも修正ややり直しも効きじゃないですか。

僕が思う、本当の失敗って「考えるのをやめた状態」だと思うんですよね。

「みんなそうだから」「耐えるのが美徳だ」

自分には合っていない生き方だとわかっているのに、選び直す選択そのものを自ら捨ててしまう。

僕の場合、大学に通い続けていた頃がまさに同じ状態でした。

中退したことが失敗ではなく、自分に合わない環境で思考停止のまま生きることこそが、本当の失敗だったと今では思います。

大学を中退しようか悩んでいる人へ

綺麗な景色

大学中退を検討してる人に向けて、個人的なメッセージを伝えさせてください。

とはいえ、これも一意見として受け止めていただければうれしいです。

「やめたら終わり」という前提を疑え

大学をやめるか悩んでいる人の多くは「中退したら人生が終わる」という前提に縛られがちです。

  • 一度入った大学は、最後まで通うのが正解
  • 合わなくても我慢すれば意味が出る
  • 続けていれば、いつか報われるはず

もしかすると、あなたは上記のような考えを持っているかもしれません。

ですがこれらは事実ではなく、空気として共有されている思い込みです。

こうした前提を持っている限り、大学を辞めるリスクばかりが大きく見えてしまいます。

そんな時は、あえて「大学を続けるリスク」を考えてみてください。

  • 合わない環境に適応しようとして、体調を崩す
  • 興味のない分野に時間とお金を使い続け、引き返しづらくなる
  • 我慢することが癖になり、選び直す感覚を失っていく
  • 「みんなと同じ」を優先する思考が固定化される

ちなみに僕は、大学を中退できずに葛藤している時期に体調を崩しました。

苦しさを努力不足に変換するな

大学がつらいと感じている人ほど、その理由を自分の努力不足に変換しがちです。

「自分が弱いだけ」「もっと頑張ればいける」

そうやって、違和感を内側に押し込めてしまうんですよね。

でも、その変換はとても危険なので今すぐやめてください。

なぜなら、問題の切り分けができなくなるから。

  • しんどいのは自分の覚悟が足りないから
  • 合わないと感じるのは甘え
  • 辞めたいと思う自分が情けない

これらは反省ではありません。

思考停止を正当化するための言い換えです。

苦しさの原因を外に切り出さない限り、状況は何も変わりません。

もちろん、努力が必要な場面はあります。

ただし、努力が意味を持つのは、前提や環境が合っているときだけです。


合っていない場所での努力は、成長ではなく消耗になります。

もしあなたが苦しさを感じているなら、まず疑うべきは自分の根性ではありません。

「この苦しさは、本当に努力で解決するべきものなのか?」を見極めることです。

焦って決断をするな

ここで言いたいのは、思考を止めろという話ではありません。

止めるべきなのは、不安に追い立てられたまま下す決断です。

  • 今やめたら取り返しがつかないという恐怖
  • 親からお金を払ってもらってる罪悪感
  • 同級生に大きな遅れをとるかもしれない不安

上記のような不安があると、大学を辞めるなんて愚の骨頂だと思ってしまいますよね。

ですが、不安に追い立てられた決断ほど、うまくいかないのが世の常です。

だから一度、判断を保留にして考えてほしいんです。

「自分はいま、何に追い立てられているのか?」と。

不安に追い立てられた決断は「今すぐ逃れたい」という短期視点が優先され、長期的な視点が欠落します。

実際に大学を辞めるかどうかは、そのあとでいいんですよ。

まずは、自分の判断を曇らせている前提を止めることに意識してください。

大学中退してよかったかどうかは後でしか分からない

電球を持ってる人

ぶっちゃけ、大学を中退した直後に「よかった」と思える人なんてほとんどいません。

いるとすれば、大学よりも大きな目的がある人くらいです。(僕はありませんでした)

むしろ多くの人は、後悔や不安のほうが先に出てくるのが一般的です。

僕自身も、中退した瞬間に前向きになれたわけではありません。

「取り返しがつかないことをしたんじゃないか」

そんな考えのほうが、ずっと強かったですから。

それでも、時間が経って振り返れる距離ができたときに、少しずつ見え方が変わっていったんですよね。

中退そのものが人生を壊すのではなく、自分に合わない環境で思考停止していた状態が、
一番の問題だったと気づいたからです。

何度も言いますが、大学を中退することに正解も失敗もありません。

「大学を中退してよかった!」と思えるのは、その後にどう生きたのかによってしか分かりません。

だからこそ僕は、あなたに「大学なんてやめちまえ!!」とは言いません。

大学に通い続ける未来に、あなたが納得できる未来があるか否か。

大学を辞めるか迷っているなら、上記の判断軸を参考にしてみてください。

それでは、また。

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この記事を書いた人

Fラン大学を中退後、引きこもり、フリーターと社会の枠から大きく外れる。

将来の見通しが立たず、自分が何者なのか分からない期間を過ごす。

「このまま人生を終えるのは嫌だ」と絶望してから、自分の生き方を根本から見直すことを決意。

その後、人生を立て直すために、留学や心理学・脳科学・哲学の本を中心に100冊以上を読破。

ノートを使った自己内省を軸に、生きづらさの根本原因を徹底的に探求し「自分軸」と「他人軸」という2つの生き方に行き着く。

現在は、方向性・行動力・自己理解・メンタルの改善など「自分らしい生き方」を実現するサポートをしています。

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