僕たちはときに「可哀想な自分」にしがみついてしまうことがあります。
傷ついた過去や、報われなかった経験を思い出しては「仕方ない」と言い聞かせる。
でも本音では、どこかで可哀想な自分が好きなのかもしれません。
可哀想な自分に浸ることで、誰かに同情してもらえるかもしれないので。
僕自身も、ずっと“可哀想な自分が好き状態”に陥っていました。
この記事では、可哀想な自分で居続けることの代償、そしてそこから抜け出す視点をお伝えします。
変わりたいけど変わりたくない葛藤

「このままじゃダメだ」って気持ちは、ずっとあったんですよね。
でも、変わりたいはずなのに、どこかで「このままでよくね?」と思っている自分がいたんです。
本気で変わると決心しても、怖さに負けてしまうんですよね。
- 誰にも理解されないかもしれない
- 下手したら今より状況が悪くなるかも
だから僕はずっと、変われない自分を正当化していたんです。
そんなときに現れたのが、“可哀想な自分にしがみつく”ことでした。
可哀想な自分に浸っていれば、変わらなくてもいいという免罪符になるじゃないですか。
誰かに同情してもらえるかもしれないし、責められることもない。
言っちゃえば「こんなに苦しんでるんだから、仕方ないでしょ?」と、言い訳を抱えていたんですよね。
そうやって、“可哀想な自分”というポジションにしがみついていました。
“可哀想な自分”は、ある意味いちばんラク

さっきも言いましたが、可哀想な自分でいれば、何もしなくて済むんですよね。
- あいつが悪かった
- 環境が悪かった
- 運が悪かった
辛い過去を盾にすれば、今の自分を変えなくても許されるような気になれるので。
ちなみに僕も、2年間引きこもってた頃は、他責思考のオンパレードでしたね。
「俺が引きこもりになったのは、あいつのせいだ!!!!」
今思えば、ニートを正当化するための大義名分みたいなものでした。
“もう頑張らなくていい”という免罪符が、心地よかった。
可哀想な自分というポジションは、頑張らなくても肯定される、ある意味“おいしい場所”だったのかもしれません。
本当は、誰かに救ってほしかった

可哀想な自分を演じてた本当の理由。
それって結局、誰かに救ってもらえることを期待してたからなんですよね。
当時の僕は、“変なプライド病”を拗らせていたので、到底助けなんて求められませんでした。
言っちゃえば、弱音なんて見せたら終わりだと思ってたんですよね。
だから僕は、察してもらえるように“苦しさを演出する”という遠回しな方法をとっていました。
- SNSでは沈黙
- 人前では無表情
- 家ではため息のオンパレード
誰かに「大丈夫?」と声をかけてくれると思ってたんですよね。
直接助けを求めない代わりに、可哀想な自分を見せることで、誰かに気づいてもらう。
今思えば、死ぬほど恥ずかしい黒歴史です。
分かってもらいたいのに理解されなかった

正直、親だけは「なんだかんだ助けてくれるんじゃないのか」って期待してたんですよね。
でも現実は残酷で、僕が2年間引きこもっていたときに、親がかけてきた言葉は、
- 早くバイトでも始めなさい
- いつまでこんな生活続けるの?
- みんなはちゃんと就職してるよ
まあ、こんな感じでしたね。
親も悪気があったわけじゃないと思います。
でも当時の僕には、その一言一言が「見捨てられた」ように聞こえてたんですよね。
「結局誰も、俺の苦しさには気づいてくれないんだな」
そこでようやく、都合よく自分を救ってくれる人なんて現れないんだなと悟りました。
“可哀想な自分”では、人生は1ミリも進まない

何度も言いますが、可哀想な自分でいるのってめちゃくちゃラクなんですよ。
- 傷つかなくて済むし、責任を取らなくてもいい。
- うまくいかない理由を、他人や過去のせいにできる。
- 頑張らなくても許される空気がある
でもその代わりに、僕の人生は1ミリも前に進まなかったんです。
引きこもってた2年間は、毎日ゲームとスマホの自己嫌悪ループ。
外に出るのも怖くて、人と話すエネルギーなんてもってのほか。
気づけば、時間だけが静かに流れていく日々でした。
可哀想な自分に守られてるつもりが、実際は、自分で自分を縛り付けていたんです。
誰かに同情されようが、共感されても、それで人生が変わるわけじゃないんです。
あの頃の僕に足りなかったのは、可哀想な自分を壊す勇気だったんですよね。
可哀想な自分を捨てたら、人生が動き出した

もしあなたが「可哀想な自分」という役割から卒業したいと感じているなら、
最初にやるべきことは“現在地”を見える化することです。
どこでつまずき、何に依存し、どんな脚本を生きてきたのか?
その棚卸しができた瞬間から、人生は少しずつ動き始めます。
僕自身も、可哀想な自分を降りると決めたとき、ようやく自分の方向性が見えるようになりました。
可哀想な自分という役割を手放して、もう一度自分の人生を動かすために。
その一歩目として使えるガイドを以下にまとめています。
ぜひ参考にしてみてください。


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