「ちゃんと生きてるのに、なんだか人生が虚に感じる…」
社会人になった途端に、人生が消化試合のように感じる人は多いんですよね。
僕も大学を中退するまでは、周りに合わせてばかりで、自分で選んだ実感が何ひとつありませんでした。
「みんながやるから、俺もやる」
そうやって選んだ進路は、“なんとなく”のオンパレードでしたね。
でも、ある時ふと気づいたんです。
「ちゃんと生きてるはずなのに、1ミリも人生楽しくないな」って。
この記事では、消化試合の虚しさの正体や、そこから抜け出す視点を紹介します。
もしあなたも「このままでいいのかな?」と感じてるなら、きっとヒントになるはずです。
ちゃんと生きてるのに、なんか空っぽ

「べつに不幸じゃないけど、幸せでもない」
そんなふうに感じたことはありませんか?
- 帰宅後、何も考えずにダラダラスマホ
- 土日はとりあえず寝て現実逃避
- 朝起きて「また今日もか」と思う
いっけん、なんの問題もないような日常。
それでも、ふとした瞬間に「これって、本当に自分の人生なのか?」と思うんですよね。
1番恐ろしかったのは、10年後も同じような生活を送っている未来を想像することでした。
とはいえ、具体的に何を変えればいいかもわからない。
なんとなく焦っては、何もできずに明日を生きる。
まるで、消化試合のような人生を送っていました。
正解を生きてきたツケが、今の虚しさを作り出してる

おそらくあなたは、今に至るまで“正しい選択”をしてきたと思います。
- とりあえず大学に進学して
- ちゃんと正社員になって
- 親の言う通りに生きてきた
きっと、どれも間違いのない選択だったかと。
実際、社会的には合格点だったはずなので。
そんなあなたに、ひとつお聞きします。
これまでの選択肢は、あなた自身が心から望んだものでしたか?
「こうした方がいいよ」
「これが常識だから」
そんな“外側の声”を、無意識に優先してこなかったでしょうか?
誰かの基準に従って生きるほど、人生はだんだんと“消化試合”になっていきます。
なぜなら、「自分で選んだ」という実感が伴わないから。
正解ルートに乗ってるけど、心のなかでは自分の価値観が置き去り。
それでは、どれだけ努力しても空虚に感じるのは当たり前なんですよ。
常識や正しさで埋め尽くされた日々は、いつしか“人生の迷子”に陥ってしまうんです。
正解をなぞって生きると、思考を放棄してしまう

“誰かの正解”をなぞって生きていると、ある時から、自分で考えるのをやめるようになります。
たとえば学生時代、こんな経験なかったですか?
- 進路は「親が言うなら」と決めた
- 友達と同じような服を着て、会話も合わせた
- 就活では「ここに入れば安泰そう」だけを基準にした
自分で選ぶ経験をほとんどしないまま、大人になっていく。
そしてある日、ふと気がつくんです。
「これまで何ひとつ、自分で決めてこなかったかもしれない」と。
結構見落とされがちなんですが、自分で選ぶ経験って死ぬほど重要なんですよね。
選んだ経験がないと「何がしたいか」「何がイヤなのか」もよく分からなくなるので。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
それならいっそ、思考停止したほうがラクじゃないですか。
過去の僕も、自分が「どう生きたいか」を考えるたびに頭がショートしそうになってました。
でも、ここからが問題で、
思考を止める日々が続くと、だんだん“違和感”に気づけなくなるんです。
「なんか苦しいな」「でも理由がわからない」
自分の本音をスルーし続けるうちに、消化試合の人生に妥協してしまうんですよね。
消化試合から抜け出すには、痛みを避けられない

ここまで読んで「たしかに、他人の人生を生きてきたかもしれない」と感じている人もいると思います。
そして、こんな気持ちも湧いてくるかもしれません。
「じゃあ、自分の人生ってなんなの?」
「どうすれば、自分で選んで生きられるの?」
その答えを探す前に、まず伝えておきたいことがあります。
自分の人生を生きるって、思ってる以上に“恐怖”が伴います。
なぜなら、人生の責任をすべて自分で引き受けることだから。
しかも、自分で人生を切り開こうとすると、過去とも向き合う必要があるんです。
- 親に逆らえなかった自分
- 空気ばかり読んできた自分
- 本音を押し殺してきた自分
“選ばなかった過去の自分”と、ちゃんと目を合わせなきゃいけないわけです。
正直、ラクな作業じゃありません。
でも、ここを通らずに「自分の人生」なんて夢の話なんですよ。
言い換えれば、この痛みこそが、自分で選ぶ人生のスタートラインなんです。
消化試合に違和感を持った今こそ、人生を変えるサイン

「ちゃんと生きてるのに、なんか空っぽ」
「このまま何十年も、消化試合みたいな日々が続くのかな」
そんなふうに悩んでいるなら、あなたはもう人生を変える準備が整っています。
なぜなら、本当にマヒしてる人は、消化試合の人生に違和感すら感じないので。
- なんとなく不満はあるけど、動かない
- 変わりたいけど、何から始めればいいか分からない
- 正解は見えないけど、このままじゃ嫌だと思ってる
このモヤモヤは、あなたが“ちゃんと考えてる証拠”なんです。
そして問題は、ここからどう生きるか。
- 違和感をごまかして、いつもの日常に戻る
- モヤモヤを突破口にして、自分の人生を取り戻す
ぶっちゃけ、あなたがどちらを選んでも、誰かに責められることはありません。
でも、ひとつだけ断言できることがあります。
世界が動き出すのは「他人の人生」をやめた人からです。
人生の違和感は「もう自分の人生を生きる番だよ」と知らせてくれるサインなんです。
小さくても、ダサくてもいい。
今この瞬間から、“自分の人生”を選ぶことはできるんです。
消化試合を終わらせるのに、完璧な準備なんていりません。
必要なのは「このままじゃダメだ」と感じた、あなたの違和感そのものなんです。
「でも、自分の意思で生きるのってやっぱり怖いな」
そう感じるのは、ごく自然なことです。
むしろ、自分の人生を取り戻そうとしている人だけが感じる“健全な不安”です。
だからこそ、まずは自分が何に迷い、どこで立ち止まっているのかを言葉にしてみてください。
とはいえ、なかにはひとりで言語化するのが難しい人もいるかと思います。
こうした最初のつまずきを超えるために、無料のガイドを用意しまいた。
モヤモヤを突破口に変えるきっかけとして使ってみてください。


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