こんにちは、寅吉です。
あられちゃん普通の人生すぎて毎日つまらない…
どうしたら、退屈な日々から抜け出せるの?
本記事では、このような悩みを解決します。
- Fラン大学中退⇨フリーター⇨引きこもりを経験
- 自己理解を深め、他人軸から自分軸へシフト
- 自分らしく生きる方法を本質的に発信中
「普通の人生すぎてつまらない…」
このように、日々の退屈さにうんざりしていませんか?
- 朝起きて会社へ行き、帰って寝る
- 土日はなんとなく過ごして、また月曜が来る
- SNSを開けば、同世代がキラキラ輝いて見える
普通の人生を送っていることが、自分の人生がつまらない原因だと思ってしまいますよね。
でも実は、あなたの人生がつまらないことに「普通」は関係ないんです。
凡庸だからつまらないのではなく「受け身で流されている姿勢」こそが退屈の正体なんです。
普通の人生がつまらないと感じる要因


まずは「普通=退屈」と感じる原因を見てみましょう。
凡庸だからつまらないのではなく、別の要因が退屈を作っていることが分かると思います。
選んでいないから退屈に感じる
「普通の人生って退屈だよな」と思った時の“普通”って、本当にあなたが選んだものでしょうか?
多くの人は、親や先生の言葉に従い、周りと同じ進路を歩き、会社に入って働いています。
大学進学も就職も「普通はそうだから」という理由で決めただけ。
自分で選んだつもりでも、実際は他人のシナリオをなぞっているだけなんですよね。
だから日常に「自分で決めた感覚」がなく、どれだけ環境が整っていても虚無に感じるんですよ。
つまり、普通の人生だから退屈ではなく、他人の脚本を代役してるからつまらなく感じるわけです。
安心はワクワクを奪う
普通の人生は、たしかな安心を与えてくれます。
- 毎月の給料
- ルーティン化された生活
- 大きなリスクがない道筋
どれも、表面的には安定して見えるんですよね。
でもその安心に依存すると、挑戦や変化が消えてしまいます。
「環境は安定してるけど、なんか退屈」
そう感じるのは、ごく当たり前なんですよ。
安心はあなたを守る代わりに、ワクワクや成長の芽を根こそぎ奪うので。
当たり前化で感覚が麻痺する
- 三食食べられる
- 眠れる家がある
- 明日も会社に行ける
これって本来は、めちゃくちゃ恵まれたことです。
世界には、戦争や貧困で「普通の暮らし」すら手に入らない人だっているじゃないですか。
でも僕らは、その状態に慣れてしまっているんですよね。
そして次第に、当たり前に慣れ切った人間は、贅沢を退屈と呼ぶようになるんです。
だから「普通の人生=つまらない」と思うのは、環境が平凡だからじゃなくて、感覚が麻痺しているからなんです。
普通の人生がつまらないのは幻想


原因がわかったところで、次は「普通=退屈」という思い込みをぶち壊しましょう。
おそらくあなたは、自身が凡庸だから人生がつまらないと感じているかと。
でも実は、人生がつまらないことに凡庸さなんて関係ないんです。
「毎日同じ=退屈」という錯覚
起きる⇨出勤⇨帰る
日々のルーティンを「退屈」だと思う人って多いですよね。
でも、同じルーティンを繰り返しながら、楽しそうに生きている人なんて腐るほどいるんですよ。
例えば会社。
毎日、ただ座って上司の話を右から左へ聞き流す人にとっては、地獄のように退屈な時間です。
でも反対に、
- 会議で一つだけ自分の意見を言ってみる
- メモを取りながら改善点を考える
- 同僚に「これってどう思う?」と話を振ってみる
小さな試行錯誤を繰り返す人にとっては、仕事は「退屈」ではなく「挑戦の場」になります。
つまり、退屈を生み出してるのは「同じ日々」ではなく、“毎日をどう扱うか?”というあなたの姿勢なんですよ。
比較が「凡庸=退屈」という幻想を作る
SNSを開けば、同世代が眩しく映っていますよね。
- 同期が海外旅行に行ってる
- 友達がビジネスで成功してる
- 知人が結婚して幸せそうにしてる
それゆえ、自分の普通の人生と比べて「俺は凡庸で退屈だ」と落ち込んでしまうかと。
でも、冷静に考えてみてください。
彼らだって、満員電車に揺られ、職場で叱られ、孤独に不安を抱えているんですよ。
SNSなんて、一部のキラキラを切り取ってアピールする承認欲求のバーゲンセールみたいなもの。
だからこそ、SNSの投稿を間に受けて「自分は凡庸で退屈」と思い込むのは、大きな誤解なんです。
「隣の芝生は青い」という言葉があるように、他人の人生は1割増しで美化されるのが常。
ちなみに僕は、インスタを見るたびに気分が悪くなったので消しました。
SNSをやめようか迷っている人は、以下の記事を参考にしてください。
退屈を生むのは受け身の姿勢
なかには「何者かにならなきゃいけない」と焦りを感じてる人も多いかと。
でも実は「特別じゃないとダメだ」と思う時点で、すでに他人の物差しに振り回されているんですよ。
YouTuberやらインフルエンサーが楽しそうに見えるのは、職業自体が楽しいからではありません。
彼らは「なりたい自分像」を自身で決め、主体的に生きてきたからこそ輝いて見えるんです。
逆に「何者かにならなきゃ」と焦っている状態は、すでに受け身なんですよね。
なぜなら、他人に認めてもらうことを前提にしているから。
人生をつまらなくさせるのは、あなたの凡庸さではありません。
何者かにならなきゃという焦りに支配され、主体性を手放していることが最大の原因なんです。
普通のつまらない人生を楽しくさせる3つの方法


最後に、退屈に思える「普通の人生」を楽しくさせる方法を紹介します
今日から実践できるレベルなので、安心してくださいね。
安心をベースに「ズレ」を入れる
さきほど「安心は人生をつまらなくさせる」と言ったのを覚えていますか?
普通は安心をくれるけど、ワクワクや成長の芽を摘まれるってやつ。
とはいえ、いきなり「安心を捨てて起業しろ!」なんてバカげたことを言うつもりはありません。
あなたにやってほしいのは、安心のなかにあえて小さな“ズレ”を仕込んで欲しいんです。
- 普段話さない同僚に話しかける
- 普段読まないジャンルの本を読む
- 休日に知らない場所へ行く
- 朝のルーティンを変えてみる
- スマホを置いて散歩してみる
普通のつまらない人生を変えるために、大袈裟な挑戦なんて必要ありません。
日常にわずかなズレを入れるだけで、普段の景色が一変するので。
退屈を壊すのは、派手な挑戦ではなく、小さなズレの積み重ねと覚えておいてください。
「退屈な普通」と「誇れる普通」を見分ける
普通って、僕は2種類あると思っているんですよね。
それは「退屈な普通」と「誇れる普通」です。
- 退屈な普通:周りに合わせるだけの生き方
- 誇れる普通:自分が納得して選んだ生き方
クレヨンしんちゃんの、野原ひろしをイメージしてみてください。
言っちゃえば、彼はただの普通なサラリーマンです。
特別な才能があるわけでも、有名人なわけでもありません。
でも「家族を守る」という覚悟を持ち、自分で選んだ“普通の人生”を全力で生きていますよね?
だからこそひろしは、凡庸でありながらも尊敬され、愛される存在なんですよ。
誇れる普通とは、他人にとって特別じゃなくても、自分で納得できる生き方なんです。
自分の価値観を見直す
自分で納得できる人生を選ぶには、避けて通れないものがあります。
それが、価値観の見直しです。
何を大事にするかが定まっていないと、どんな選択をしても「他人の普通」を生きることになるので。
「親に安心してもらえるから」
「周りがそうしてるから」
他人基準で積み上げた人生は、表面上は整っていても、心の奥は虚無感で埋め尽くされてしまいます。
逆に「自分はこうありたい」という価値観に沿って選んだ日常は、どれだけ凡庸に見えても誇れる普通に変わります。
とはいえ、いきなり価値観を言葉にしようとしても出てこないかと思います。
だからこそまずは、価値観を整理する必要があります。
僕が用意した「やりたいことを見つけるシンプルガイド」では、自分が本当に大切にしたい価値観を見つけるステップをまとめています。
退屈な普通の人生から抜け出したい人は、ぜひ活用してください。
姿勢次第でつまらない普通の人生を変えられる


「普通の人生=つまらない」というのは幻想です。
退屈の正体は凡庸さそのものではなく、受け身で流されて生きる姿勢にあります。
つまり「普通か退屈か」を決めるのは、環境や才能ではなく、あなたの姿勢なんです。
- 安心に寄りかかるor小さなズレを仕込む
- 他人の正解をなぞるor自分の価値観で選ぶ
その積み重ねが、退屈な普通を誇れる普通へと変えていきます
普通のつまらない人生を変えるのに、大きな挑戦は必要ありません。
今日からできる小さな行動を、自分で選ぶこと。
それが「つまらない人生」を変える、唯一の方法です。
自分の本音が見えない人は、以下の記事を参考にしてみてください。











コメント